先天性四肢欠損の子供を育てる親のブログ

娘は「先天性四肢欠損」「先天性心疾患」を持って生まれてきました。それでも娘は力強く生きてます。そんな愛する娘を幸せにしてあげたい両親の気持ちを綴るブログです。

両親共に精神を削られ続けた3日間 -その1-

投稿日:2018年5月9日 更新日:

こんにちわ。sashi(夫)です。
今回も先回の続きですね。

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病院生活に逆戻り

(度々このブログ書いておりますが、遡った日付で更新しています。
実際にこのブログを記入しているのは6月21日です。)

 

2つの先天性心臓疾患が見つかり、呼吸数の異常が原因で緊急入院が決まったツム。

そして、病室に付き添いで泊まる事となった嫁。
病室は1人しか付き添うことができないため、1人で家に泊まる僕。

ここまでは先回までのお話。

ここからツムの検査が始まる。

・胸部エコー
・脳のMRI
・呼吸数の検査
・血液検査

まだ産まれて間もないその小さな身体に、
血液採取のたびに注射を打たれ、

右も左も分からないまま、エコーやMRIを受ける。

足には呼吸数を確認するための検査機を24時間付けられていた。

 

泣きじゃくるツムを見るのが辛くて可哀相だと思っていた。

しかし、僕たちはツムが検査で連れて行かれるたびに、

「ホッ」としていた。

こんなこと言うと、無慈悲なパパママだと言われるかもしれない。
でもツムのことを愛していない訳ではないんです。

この頃の僕達は“極限状態”だったと思います。

心臓が悪い、呼吸数が異常。
それだけで、

もしかしたらこのまま死んでしまうのではないか。
目を離した隙に、呼吸が止まっているんじゃないか。
朝起きたら、もう冷たくなってしまっているんじゃないか。

ただ、赤ちゃんが泣いているだけなのに、痛いんじゃないか。
ただ、赤ちゃんが伸びをしているだけなのに、苦しいんじゃないか。
ただ、赤ちゃんが汗をかいているだけなのに、おかしいんじゃないか。

そんなことを考えてしまう。

そんな中、ちゃんと知識を持った病院の人に任せられる瞬間は、僕たち両親が
唯一落ち着ける瞬間だったのです。

そんな息が詰まる環境も、僕は夜の9時まで。
嫁は24時間体制。
そんな3日間で僕達の精神は削られていきます。

親父の言葉に救われる

初日。

最初の宿泊日になる訳だが、嫁と子が心配だったため、そばにいたかったため病院の看護婦さんに
一緒に泊まらせてくれとお願いをした。

病院には病院のルールがあるわけで、「お1人のみ付き添い」ということは変わらなかった。

そうして僕は、嫁が出産してから初めて“別々”に一夜を過ごすこととなった。

病院から車で嫁も子供も居ない家に向う。
途中、大好きな、すき屋のチーズ牛丼を特盛で購入した。

家に帰ってからは、嫁も子供も居ない声の無い家で色々なことを調べ考えていた。

辛かった。大好きなはずの牛丼も喉を通る量は少なかった。ビールだけは進んだ。

僕は、僕自身の両親にあまり弱音は吐かない方なのだが、この時はさすがに
誰かに話を聞いてほしくて、久しぶりに親父に電話した。

親父は激しく酔っていた。いわゆるベロベロ状態だった。

何を言っているか正直分からなかった。

ただ、僕は親父が最後に言った言葉にとても救われた。

 

「大丈夫だ。もうどうしようも無くなったら、お前ら3人で実家に戻ってこい。
俺がお金も、お前らも全部面倒みてやる」

嬉しかった。
酔っていてもこの言葉は親父の本心なんだと思う。たぶん。

僕は、このころ、嫁が不安にならないよう常に嫁の前では気を張って、「大丈夫だ、安心しろ」
と言い続け、先生から告げられる現実を全て受け止めたフリをして、毅然とした態度で冷静に
話を聞いていた。
今、自分がしっかりしなければ。泣きたい、不安になりたいという気持ちを全て押し殺していた。

急に現れた頼れる親父の存在に、僕はとても救われたように思った。

「お金も子供も、自分達でなんとかするよ」

そう親父に言いながらも、僕は無意識に泣いていた。はずかしい話だけど。

 

電話を切った後、親父は僕達を心配したのか急に「今からsashiのところに行って来る!止めるな!」と
言っていたそうだったが、僕の母親に止められていた。「そんなに酔ってどうやって行くんだよ!」てな感じで。

僕の両親は、ツムが生まれたとき、ちょうど母が熱を出し、肺炎の一歩手前まで体調を崩していた。
ツムに会うことができたのは丁度産まれて1ヶ月後だった。

まだ会ってもいない孫を大切に思ってくれる両親の気持ちがとても嬉しかった。

嫁からでた弱音

初日の夜、食事もお風呂も全て済ませ、病院に居る嫁に電話する。

嫁は冷静に感じられた。最初はね。

嫁はこのころ「マタニティーブルーズ」なのかな。
ホルモンバランスが崩れ、すぐに涙したり、気持ちを取り乱していたりしていた。

このマタニティーブルーズに加え、今回の四肢欠損と心臓疾患。
嫁の気持ちはグチャグチャで辛かったろうに。

話初めてしばらくすると、やっぱり感情が高まったのか泣いていた。

そして一言

嫁「帰りたい。おうちに帰りたいよ・・・」

僕「そうだな、でもツムちゃんのために一緒にがんばろう」

・・・

嫁「ごめん、取り乱した」

嫁も相当精神的に追い込まれていた。それもそのはずだ。

36時間の出産に耐え、最終的に帝王切開。
その後、ツムの手のことを伝えられ、入院すること8日間。
家に帰って5日後には心臓疾患を伝えられ、心の準備をする前に入院。
帝王切開で腹を切って1ヶ月安静のはずなのに、身も心も追い込まれていただろう。

本当に良く頑張ったね。ありがとう。

電話を切ったあと、ダブルベッドの上で1人、いろいろなことを考えた。
ツムのこと。嫁のこと。将来のこと。自分の事。仕事のこと。学校のこと。

今考えたって仕方が無いのに。あらゆることを考えていた。
気付けば朝の4時を回っていた。

 

そして、この夜、すごく嫌な夢を見た。

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自己紹介

私達
夫(sashi):1988
妻(sami ):1990
娘(ツム):2018.4.27
2018年4月27日深夜。
私達の第一子が産まれました。生まれてきた娘(ツム)は、その小さな身体には大きすぎる壁を持っていました。
先天性四肢欠損。娘の左手はひじから先がほとんどなく、心臓にも先天性の病気がありました。
このブログは私達が受け入れるための成長の記録をメインとして更新していきます。
まずはコチラをご覧下さい。

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