先天性四肢欠損の子供を育てる親のブログ

娘は「先天性四肢欠損」「先天性心疾患」を持って生まれてきました。それでも娘は力強く生きてます。そんな愛する娘を幸せにしてあげたい両親の気持ちを綴るブログです。

入院期間中に思ったこと

投稿日:2018年5月13日 更新日:

1sami(妻)です。

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入院中のことを書き留めておきたいと思います。

入院期間中は、本当に色々なことを考え色々な感情や思いがありました。

今後ツムちゃんが成長するにつれて、この時のことを振り返ったときは
また違ったことを思うのかもしれません。

 

 

 

出産後“左手”のことを聞いたときは
産まれてきてくれたこと、会えたことが嬉しくて
確かに障がいはあるかもしれないけど
大変なことは、工夫したり協力したりして乗り越えて
笑顔あふれる日々を過ごしていこうと素直に思いました。
前を向けました。

でも今回の入院では全然前向きになれませんでした。

心臓や呼吸数、脳のことで
他にも何か疾患があるかもしれないという状況になったとき
なんでこの小さな体に重なって悪いことが起きるのかと
心が押し潰されました。

“左手”についても、もちろん大変なことはいっぱいあるし
将来ツムちゃん自身が傷ついたり不便を感じることにぶつかるでしょう。

でも直接命に関わることではありません。

命に関わる心臓や脳。

こんな風に比べてしまうことは
ツムちゃんには申し訳ないし頼りない親だと思いますが
命が無くなってしまうんじゃないか
ツムちゃんが居なくなってしまうんじゃないか
そんな恐怖や不安が一気に襲ってきました。

その気持ちが大きくなって夫にこんなことを言いました。

「健康に産んであげたかったよ。五体満足で産んであげたかったよ。
神様は意地悪だ。こんなに色々ツムちゃんに背負わせなくてもいいのに。」

左手のことも心臓のことも入院になったことも
誰のせいでもありません。
なにかはっきりした原因があるわけでもありません。

でもどうしても考えてしまいます。
何かが違えばこうならなかったんじゃないか。

○○人に1人の割合とか○%の確率とかあるけれど
なんでツムちゃんに降りかかるのか。
ツムちゃんじゃなくてもいいじゃない。
病気や障がいが自分や身近な人に起こった時
みんなそう思うのでしょうか。

“神様は意地悪だ”

そんな風に誰かのせいにせずにはいられなかったんです。
ごめんなさい。

ツムちゃんじゃなくてわたしだったら良かったのに…。
変わってあげたくても何もできない。
ツムちゃんの顔を見て何度も思いました。

出来事についていけなくて
妊娠中はよかったなぁ。
出産を楽しみに待つあの気持ち。
あの頃に戻りたい。
問題が無ければ今頃は、慣れない子育てで大変と思いながらも
家で楽しく過ごせていたのかな。
ツムちゃんがいなくなっちゃったらどうしよう。
耐えられないよ。
でもこの気持ちから解放されるのかな。
いっそラクになるのかもしれない。

最低な考えもしてしまいました。

「色んな病気を抱えても
良くなって、元気になって退院していく子を
何人も見てきました。だから大丈夫ですよ。」

「涙は我慢しなくていいよ。
我慢すると心にしこりみたいになって残ってしまうから。」

そんな看護師さんの励ましの言葉にも
その時は勇気づけられず、ただただ涙が溢れるばかり。
じゃあ気づいたら1年後とかになっていないかな。
と現実逃避もしてしまいました。

その後にそんなことを考えてしまう弱い自分に
罪悪感を感じて負のスパイラルでした。

 

 

そんな中ツムちゃんは

慣れない検査、場所で大変だったと思います。

それでも
一生懸命おっぱいを飲んで
一生懸命泣いて
すやすやいっぱい寝て
わたしの指をぎゅーっとにぎってくれました。

小さな体に大きな生命力を感じました。

ツムちゃんにかなり支えられていました。

ツムちゃんの力を信じてあげなきゃと思いました。

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自己紹介

私達
夫(sashi):1988
妻(sami ):1990
娘(ツム):2018.4.27
2018年4月27日深夜。
私達の第一子が産まれました。生まれてきた娘(ツム)は、その小さな身体には大きすぎる壁を持っていました。
先天性四肢欠損。娘の左手はひじから先がほとんどなく、心臓にも先天性の病気がありました。
このブログは私達が受け入れるための成長の記録をメインとして更新していきます。
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