先天性四肢欠損の子供を育てる親のブログ

娘は「先天性四肢欠損」「先天性心疾患」を持って生まれてきました。それでも娘は力強く生きてます。そんな愛する娘を幸せにしてあげたい両親の気持ちを綴るブログです。

両親共に精神を削られ続けた3日間 -その2-

投稿日:2018年5月11日 更新日:

こんにちわ。sashi(夫)です。

ちょっと更新 遅れてしまいましてすみません。

先回の続きですね。

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度々見る悪夢

このころ、嫁や先生の前では強がっていた僕ですが、

メンタルはやられ気味だった。

夢を見るんです。

 

ツムが青い顔して泣き叫ぶ夢。

 

なんども。

そのたびに目を覚まし、寝不足が続いていた。

ツムが生まれて2か月経つ今はその夢をみる事は無くなったが、
今でも軽くトラウマ気味なくらい衝撃的な夢だった。

ツムに対しての不安と、やりきれない気持ちがそんな夢を
みせていたのかな。

 

 

ツムが入院して2日目。
ツムの検査があったため、この日も会社に連絡し休みをもらった。

度重なる休み申請に、柔軟に対応してくれる会社。
そして、上司、部下。本当に感謝しています。

ちょっと話は逸れるけども会社のことを話そうと思う。

 

会社で娘のことを話す自分。

僕の会社はいわゆる中小企業。
全部で7~80人くらいの会社。

その中で僕は勤続7年の半中間管理職的な役割を担っています。

 

大きい会社ではないため、社員全員と会話もするし、名前も覚えています。

 

子どもを授かった事に関して、事前にかなりたくさんの人に話もしていたし、
相談もしていた。

そのせいもあって、子供が生まれた後は、
「産まれた!?」と気にしてくれる人がたくさんいた。

そんなこともあり、僕は毎週月曜に行われる朝礼にて
子どものことを話すことにした。

これから病院等で休みを取ることも多くなるだろうし、
聞かれるたびに説明するのも大変だし。

受け取る側は反応に困ることは容易に想像できたが、僕は話すことにした。

ツムを何も恥じる事はない。
自信をもって我が子だと思える自分がもうできていたから。(このときはツムの心臓のことは知りませんでした。)

会社で話した内容(そのまま書きます)

お疲れ様です。
4月27日深夜、僕たちの第一子となる娘が生まれました。

3370gの大きな女の子です。

陣痛を誘発させてから36時間。
途中、無痛分娩に切り替えるも、麻酔が効かず最終的には母子共に心拍低下のため帝王切開になりました。
決して安産とはいえない状況でしたが、無事娘は誕生しました。

しかし

残念ながら娘は五体満足で生まれてくることはできませんでした。

左手の肘から先がほとんど無い状態です。

我が子は、その小さな体には大きすぎる壁をもって生まれてきました。

いろいろな人から励ましの言葉をいただきました。
嬉しかったです。個性だと言ってくれる方もいらっしゃいました。

でも、僕にはそれが個性だと思う事はできません。

この子は“障がい”をもって生まれてきたんです。

その事実は変わりません。

だからこそ、僕たちはこの子に、その“障がい”に立ち向かえる強さを持ってほしい思っています。

これからこの子も、そして僕たち両親も、家族力を合わせて高い壁を乗り越えていきたいと思います。

そして、いつかは、「生まれてきてよかった。」と言ってもらえるように、僕たちの家族なりの幸せを探していきたいです。

 

我が子が生まれてきたことは何も恥じることは無い。

僕も嫁も、この子が生まれてきて心から幸せだと感じています。

「おめでとう」その言葉を嬉しく感じています。

 

これから病院等でお休みをいただくことは多くなると思いますが、
僕たち家族のことをこれからもよろしくお願いいたします。

このときの気持ち

不思議な気持ちでした。

こうやって胸を張って話せる自分が嬉しかった気持ち。

まぁ、なんにしろ会社のみんなは何も言えない感じでした。
しかし、じっと僕を見て、拍手してくれてたのが印象に残っており、嬉しかったですね。

僕は、どこかすっきりした気持ちだった。

 

入院2日目。それ以上に、まだ、あるのか。

ここまででツムのことで分かっていた内容。

手のこと。「先天性四肢欠損」
心臓のこと。「房室中隔欠損症」「僧帽弁閉鎖不全症」

胸部レントゲンに異常は無いみたい。

血液検査で異常は無いみたい。
生まれたばかりの時は甲状腺の数値が高かったが、正常に戻っていた。

残すは脳のMRI。
先生は念のためと言っていたけど、これがひっかかるとは。

嫁からの連絡に、再び頭が真っ白に

二日目、会社に休みをもらって僕は病院にいた。

その間様々な検査を受けたが、大きく問題となるところはなかった。

残すは脳のMRI。

病院の面会は夜8時までだったので、MRIの結果を待つ前に、家に戻った。

家について、ビールを飲む。相変わらずビールは旨い。

そうしている内に、嫁から一本の電話。

 

嫁「落ち着いて聞いてね」

 

僕の頭は、フル回転してた。
嫌な予感しかしない。

嫁「下垂体のところに白い丸いものが映っているそうなの。
詳しいことは、明日、脳外科の先生から説明があるそう」

嫁の声は震えていた。

僕の手も震えていた。

このとき嫁と何を話したかは覚えていない。

電話を切った後、ひたすらネットで情報をかき集めていたことしか覚えていない。

そして僕はひとつの答えを出した。

「ラケトのう胞」

あまり害のない、のう胞だと。
これしかないと信じてこの日は眠りについた。

もう、時計は3時を過ぎていたのを覚えている。

 

脳外科の先生からの話は翌日夕方から。
僕は次の日も、午前のみ出社で、午後から急遽お休みを貰った。

溜まりきった仕事に優先順位をつけ、午前中に最低限の仕事だけこなした。

 

そして、

 

「もう、お願いだからこれ以上はやめてくれよ」

 

そんな言葉を頭にめぐらせながら、僕はツムと嫁が待つ病院へ向かう。

 

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自己紹介

私達
夫(sashi):1988
妻(sami ):1990
娘(ツム):2018.4.27
2018年4月27日深夜。
私達の第一子が産まれました。生まれてきた娘(ツム)は、その小さな身体には大きすぎる壁を持っていました。
先天性四肢欠損。娘の左手はひじから先がほとんどなく、心臓にも先天性の病気がありました。
このブログは私達が受け入れるための成長の記録をメインとして更新していきます。
まずはコチラをご覧下さい。

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