先天性四肢欠損の子供を育てる親のブログ

娘は「先天性四肢欠損」「先天性心疾患」を持って生まれてきました。それでも娘は力強く生きてます。そんな愛する娘を幸せにしてあげたい両親の気持ちを綴るブログです。

四肢欠損症に気付かなかった病院に思う事。

投稿日:2018年5月13日 更新日:

こんにちわ。夫(sashi)です。

今日は、ツムが生まれた病院の話。

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妊娠中は常に「経過順調」だと言われてきた

ツムは生まれてくるまで、心臓疾患はもちろん左手の四肢欠損も医師から伝えられることはなかった。

エコーや4Dエコーも毎回やってましたが、ツムはいつも隠しているような感じばかりでした。

 

右手もしっかり写っていたし、足もしっかりあった。

「問題ない」そう思っていた。

おそらく、お医者さんも同じように思っていたのだろう。

 

ツムが生まれてから、エコー。4Dエコーの動画を見直した。

ツムはいつも左手を隠していたのか、無かったから映っていなかったのか分からないほど、どの映像にもそれが分かる映像は映ってなかった。

 

産まれたときに病院に対して感じたこと

「お子さんに奇形があります。」

 

そう医師に伝えられてから、しばらく、僕は「なぜ胎児中に気付けなかったのか?」という疑問は微塵にも感じられなかった。

きっと余裕がなかったのが一番の理由だと思う。

“五体満足で生まれることが当たり前” 前記事でも書いた通り、どこかそういう風に思っていた僕に、目の前の現実を受け入れてそこまで考えが及ばなかったのだと思う。

 

現に、“産まれる前に気付くことはできなかったのか?”という事は、僕の親父に言われて、初めて気づいたことだった。

 

「あぁ、気づかなかったんだろうね」そう僕は言った記憶はあるが、怒りとか恨みという感情は一切覚えなかった。

それでも僕は病院に感謝している

僕がもし第三者で、客観的に見れば、病院側は子の手のことも心臓のことも妊娠中に気付き、ちゃんと理解した上で産ませるべきだろうと思う。

しかし、当事者となれば状況は変わってくる。

 

今は、ツムが居ない生活は考えられない。
少しづつ大きくなって、少しづつ色々な事ができるようになっていく我が子は、たとえ五体満足でなくてもやっぱりかわいいもの。

このブログを見ていただいている方で、何らかの障がいがある子をお持ちであれば同じ気持ちなのではないでしょうか。

 

僕はだからこそ、思うのです。

事前に分かっていたとしても、僕たち夫婦はこの子を産んでいただろう。

生まれる前に分かっていたとしても、生まれた後に分かったとしても結果は同じ。

そんなことで病院に対して不信感を抱くよりも、生まれたばかりの我が子を他の子と同じようにあやしてくれる助産師さんや、嫁の不安をとことん聞いてくれる助産師さんに感謝すべき。

 

結果論にすぎないが、僕たちは、生まれる前に告げられて不安に陥らなくてよかったと思っています。

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-sashiのブログ

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自己紹介

私達
夫(sashi):1988
妻(sami ):1990
娘(ツム):2018.4.27
2018年4月27日深夜。
私達の第一子が産まれました。生まれてきた娘(ツム)は、その小さな身体には大きすぎる壁を持っていました。
先天性四肢欠損。娘の左手はひじから先がほとんどなく、心臓にも先天性の病気がありました。
このブログは私達が受け入れるための成長の記録をメインとして更新していきます。
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