先天性四肢欠損の子供を育てる親のブログ

娘は「先天性四肢欠損」「先天性心疾患」を持って生まれてきました。それでも娘は力強く生きてます。そんな愛する娘を幸せにしてあげたい両親の気持ちを綴るブログです。

はじめてのブログ。36時間の陣痛の中で夫が考えたこと。

投稿日:2018年4月27日 更新日:

こんにちわ。

夫のsashiです。

このブログでは、自身の気持ちをメインに綴っていきたいと思います。

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予定日から9日遅れて、陣痛誘発の治療を行った。

僕>どう?生まれそう?

嫁>んー。まだみたい。

 

もうすでに出産予定日から1週間以上遅れている。

嫁には「大丈夫だよ!よくあることらしいし!」とは言ってみるものの、
正直自分自身もソワソワ。

8日遅れたころから陣痛誘発のため嫁が入院することになった。

仕事場には、嫁を病院に送っていくから朝遅れますと連絡。
病院に送った後は、僕は普通に出勤し仕事をしている最中に陣痛誘発の
治療が始まった。

仕事中、「大丈夫?」というLINEに対して、嫁からは「大丈夫!」と元気な様子で連絡が帰ってきていたので一安心していたのを覚えています。

仕事を早めに切り上げ、病院に向かう。

そこには、LINEとは全然様子の違う嫁の姿。

陣痛がきついそう。

色々調べてみたが、普通に陣痛が起こるよりも、誘発剤を使うほうが痛みが強いらしい。

LINEで「大丈夫!」と言っていたのでそこまで気にしてはいなかったが、本人は強がりだったのか、かなり痛みと戦っていたのだろう。

 

夜まで治療は続いたが、本陣痛(自発的陣痛)が始まらないことで医師から
帝王切開を視野に入れるようにと案内があった。

 

見るからに涙をためている。

 

嫁は、妊娠中ずっと自然分娩を望んでいました。
帝王切開に対してかなりの恐怖心を抱いていました。

その日は嫁と一緒に病院に泊まることにしました。

 

決して安産とは言えない出産でした

僕>何かできることは無いか?

嫁>背中をさすってほしい・・・。

 

入院初日の夜。

陣痛誘発から12時間経った今も嫁の本陣痛は始まらない。

ただただ、誘発されている人工的な陣痛に苦しんでいる。

数十分おきにくる陣痛のたびに、嫁の表情は曇る。

 

代わってやりたい。

 

これが僕の本音です。

「帝王切開」という今一番怖いワードと、終わりの見えない陣痛。

相当辛かったでしょう。ぼくはただただ背中をさすることしかできず、
嫁とは違った辛さを感じていました。

翌日。

同じような状態が昼まで続き、もう陣痛誘発が始まって24時間経ちました。

丁度このころ、本陣痛が始まり、自然分娩の希望が見えてきました。

 

そこから何時間たっただろうか。

 

陣痛誘発剤と本陣痛の2つの痛みが嫁を襲う。

今まで見たこと、聞いたことの無い表情と泣き声の中、必死に背中をさすっていました。

度々健診に来てくれる先生の口から「まだかかるね」という言葉が出るたびに、
明らかに辛さがにじみ出る嫁の顔を見ながら、

「頑張ろう」

と励ましの言葉を送っていました。

頑張ってるのは知っているんです。でもこんな言葉しか出てこない。

嫁は僕の手を握り必死に痛みに耐えていました。

一度目の決断を迫られる

先生から提案があった。

もう30時間経っている。これ以上は、嫁の体力が持たない。無痛分娩にしたらどうか。

無痛分娩には脊髄注射が必要です。

嫁は帝王切開と同様に、脊髄注射についても恐怖心を持っていました。

先生>「旦那さんどうしますか?」

という言葉に、頭がパンク。

どうするべきか

無痛分娩を嫌がっていた嫁の気持ちを尊重するか、今は状況が異なっているから安全の為に無痛分娩を選ぶか。

嫁は今痛みで考えることはできない。そんな中では、自分が決断を下すしかない。そんなことを考えていました。

僕「先生、お願いします。」

脊髄注射を嫌がっていた嫁の気持ちもあったが、僕は無痛分娩の道を選びました。
嫁の体力を温存させてあげようとしたのかは正直分かりません。

自分勝手ですが、きっと辛そうに苦しむ嫁の顔を見るのが辛かったからだと思います。

 

注射を打つ時は、夫であっても分娩室から退室しなければいけません。

ここからが地獄でした。

 

分娩室を出されて、扉の前で待たされる。

そこで聞こえてくるのは、嫁の泣き声と叫び声。

「なぜ嫁じゃないとだめなのか!代わってやれないのか!」

 

声が聞こえる度に。もう、辛くて辛くて。涙があふれる。

 

出産ってどこもこんな感じなのかな。
だとしたら本当にどこの家族も、奇跡だ。

ホントにそんなことを思いました。

二回目の決断を迫られるとは

先生>無痛分娩の麻酔は成功しました。

 

少し落ち着いた様子の嫁が見えた。

ホッとした。

嫁は目を真っ赤にしていた。相当泣いたのだろう。

 

しばらくは、楽そうだった。痛みが全く無いわけではないが、

痛みはやわらいだみたい。

 

と思っていたのは2時間程度。

そこから痛みがぶり返す。無痛分娩は無痛ではなくなっていました。

脊髄注射前の痛みの様子と変わらない。

そして先生から再度決断を迫られる。

 

先生>36時間ほど経ちました。赤ちゃんの心拍も低下してきています。帝王切開で出産しましょう。

 

何故?

無痛分娩で脊髄注射も我慢したじゃないか。

なんで最終的に帝王切開になるの…。

 

何が辛いって、嫁に伝えるのが辛い。

嫁の顔を見る。身体も顔も痛みに歪んでいる。

 

僕>ツムちゃん、頑張ってるんだけど、一人で出てくるのは難しいみたい。
お母さん、助けてあげて。

嫁>大丈夫。ツムちゃんを助けてあげて!

必死な顔でそう言った嫁の顔は力強く、これが母の顔なんだなって思った瞬間でした。

出産は奇跡。嫁に感謝。

何度考えただろう。
このまま嫁は死んでしまうのではないか?
本当に無事に生まれるのか?

など。

米粒のようなメンタルしか持ち合わせていない僕は、何度泣きそうになったことか。

それにくらべて嫁は強い。あらゆる痛みに耐えて、無事に子供を出産した。
嫁の夫になれて本当に誇らしく思った。

どこかの有名人が、出産は奇跡。いろいろなところで奇跡が起きているんです。ということを言っていました。

本当にその通りと思います。
どんな形で生まれても、無事に泣いて産まれてくるっていうのはほんと奇跡だと思いました。

 

産まれたはずなのに、何かがおかしい。

僕>SAMIがんばれ!

嫁>がんばるね!

 

そう言って帝王切開が始まって45分。

先生からは、30分程度で病室に赤ちゃんをお連れするので、部屋でお待ちください。と言われたはずなのに。

1時間過ぎたころ、先生から病室に電話が一本。

 

嫌な予感がする。

 

そう思ったのを非常に鮮明に覚えています。

しかし、先生からは「おめでとうございます」と。

安心しました。涙ぐむ。

もしかしたら無事に生まれなかったのかと心配しました。

 

しかし、何かおかしい。
産まれたら病室まで連れてきてくれるとのことだったのに。

病室には、嫁のお母さんと僕の2人で待っていた。

それにもかかわらず、先生から言われた言葉は、

「旦那さんだけ赤ちゃん室に来てください。」と。

 

不安と喜びが入り交ざり、よくわからない気持ちのまま赤ちゃん室へ。

 

先生から言われた第一声は、

先生>「奥さん、強い薬や病気はありましたか?」

 

僕>「え?」

 

先生>「お子さんに奇形があります」

 

頭が真っ白に。

 

 

つづく。

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自己紹介

私達
夫(sashi):1988
妻(sami ):1990
娘(ツム):2018.4.27
2018年4月27日深夜。
私達の第一子が産まれました。生まれてきた娘(ツム)は、その小さな身体には大きすぎる壁を持っていました。
先天性四肢欠損。娘の左手はひじから先がほとんどなく、心臓にも先天性の病気がありました。
このブログは私達が受け入れるための成長の記録をメインとして更新していきます。
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